神戸旧居留地と南京町(神戸)
(豚マン発祥の店もあるよ)
まずは、旧居留地。JR元町駅から歩いて5分。大丸百貨店よりすぐ。
JR三宮駅からも、市役所からすぐです。
もう、どこを向いてもビル、ビル、ビルっていう感じで、しかも真新しいビルばかりでした。
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| クリエイト神戸 | 神戸市立博物館 もとは、1935(昭和10)年に建築された 旧横浜正金銀行(現在の東京三菱銀行) 神戸支店ビルとして建てられました。 |
旧神戸居留区15番館 国指定重要文化財 明治13年(1880年)頃に建設。 アメリカ領事館として使用された。 阪神・淡路大震災により全壊。 倒壊前の部材70%を使用し、 平成10年(1998年)再び 建設当初の姿に戻った。 |
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| 商船三井ビル | 日本郵船 | |
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←ビルとビルの間に残っていたレンガの塀(往時がしのばれる) | |
安政5年(1858)に幕府が諸外国と結んだ日米修好通商条約により、日本は長年に及んだ江戸幕府の鎖国政策に終止符を打ち、横浜・長崎・函館・新潟・兵庫(神戸)の5港を開港することになりました。
しかし神戸の居留地は、横浜に遅れること10年、1868年の兵庫開港により、
日本の支配が及ばない外国人のための区域として設けられました。
居留地の運営はすべて外国人の自治によって行われ、
ガス灯・洋服・牛肉などの衣食住をはじめ、新聞・ゴルフ・登山などの文化や娯楽などがそのまま持ち込まれました。
ようやく、1899年(明治32年)居留地制度の解消により、
神戸の居留地も日本に返還されました。
トア・ロードは、かつて北野に住む外国人たちがオフィス街の外国人居留地へ通う通勤ルートとして用いたとされている道路です。
名前の由来については、 1907年(明治40年)に建てられた「トア・ホテル」(現在、跡地に「神戸外国倶楽部」が建てられています)に突き当たる道であるからとも、
英語の古語やドイツ語に由来するともいわれ、よく分かっていないようです。
次に南京町
1868年(慶応3年)の神戸開港に伴い、 現在の神戸市役所の西側一帯に外国人のための居留地(きょりゅうち)が設けられましたが、
日本と通商条約を締結していなかった当時の中国「清(しん)」の人々はその中に住むことを許されず、
居留地の周辺に住みはじめたのが、始まりとされています。。
旧居留地からメリケンロードを渡ると、もうそこに長安門がありました。
旧居留区とは対照的に、こちらは、極彩色豊かな、活気のある町でした。
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| 西安門(元町駅側) 高さ約9メートル、幅約5メートル。 金色の屋根瓦で、柱には大理石を使用。1000年ごろ(北宋時代)の中国の門をモデルにデザインした。裏側に中国語で復興を意味する「光復」額. 2005.1.15 新しく完成。できたてです |
極彩色豊かな世界 | 南京町広場 (旧正月に春節祭が行われる) |
長安門(大丸百貨店側) |
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中国は天津地方の、天津包子(ケンチンパオツー)と呼ばれる饅頭を、味・名称ともに日本人に馴染む物にしようと考え『ぶたまん』を生み出したのが”元祖豚饅頭の店”老祥記。 南京町広場に面しています。 並んでいる人たちが見えますが、この後ろにも延々と人の列が ・・・ 買うのは、あきらめました。(少々小さめで、一個80円也) |
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2005.2.22