世界遺産になった高野山・竜神温泉(和歌山県)
(高野豆腐発祥の地)
高野山は、およそ1200年前に、弘法大師空海が、弘仁7年(西暦816年)に嵯峨天皇より高野山開創の勅許を得、真言密教の修行道場として開いた、全国に広がる高野山真言宗の総本山です。
標高は約900m。
聖地と聞いていたので、さぞかし神秘的で深遠とした雰囲気なのかと、期待しながら到着しました、が、
紅葉のシーズンでもあったせいか、沢山の参拝者や観光客が、あふれていました。
わたしの勝手なイメージでは、バスや自動車の駐車場は、一箇所で、あとは、静かな雰囲気で拝観できるような気がしていたのですが・・・
高野山には、今も大勢の信者や、四国八十八カ所の霊場を巡ったお遍路さんたちをはじめ世界から大勢の人々が、参詣に来られます
四国八十八カ所を結願し、高野山の奥の院に参拝すると満願になります。(結願の時、順打ちの場合は八十八番大窪寺で本堂に菅笠、金剛杖もここに納めます。)
紀伊山地には、それぞれの起源や内容を異にする「吉野・大峯」、「熊野三山」、「高野山」の三つの「山岳霊場」とそこに至る「参詣道」が生まれ、都をはじめ全国から人々の訪れる所となり、日本の宗教・文化の発展と交流に大きな影響を及ぼしました。
『紀伊山地の霊場と参詣道』は、三重、奈良、和歌山の三県にまたがる「紀伊山地の自然」がなければ成立しなかった「山岳霊場」と「参詣道」、及び周囲を取り巻く「文化的景観」が主役であり、日本で唯一、世界でも類を見ない資産として価値の高いものです。
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金剛峯寺は、高野山真言宗の総本山。 豊臣秀吉が建立。 豊臣秀次が自刃したという柳の間には狩野探斉の襖絵『雪柳白鷺』が描かれています。 |
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| 大門 | 金剛峰寺 | 六時の鐘;福島正則が建立 朝6時から夜10時まで 2時間おきにならされる。 |
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| 壇上伽藍周辺 | |||
| 根本大塔 | 金堂:伽藍の中央にある 高野山一山の総本堂 |
御影堂 | 准胝堂 |
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| 愛染堂 | 東塔 | 東塔への道:紅葉 | 池での紅葉 |
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| 奥の院周辺 | |||
| 参道 | 灯籠堂 | 御廟橋 | |
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| 水向地蔵 | |||
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弘法大師御廟は、 残念ながら写真禁止でした。 |
参道の両側には何百年も経た 老杉がそびえ、 森厳さをたたえています。 その老杉のもとには、 20万基を越えるあらゆる時代の 墓碑が静かにねむっています。 その中には、織田信長、伊達政宗、 上杉謙信、武田信玄・・・ 戦国時代に名を馳せた 武将達の墓も、 ひっそりと佇んでいます。 |
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大阪難波駅から南海高野線で高野山駅まで特急で1時間20分(1日4本)
車の場合大阪より約2時間半。
ヴェトロモンターニャ高野山(クラッシックカーイベント)11月6、7日開催されたそうだ。
「高野豆腐」発祥の地
現在では「こうや豆腐」という名で知られていますが、昔は「氷豆腐(こおりどうふ)」といったそうです。ただし、正式な食品名として「凍り豆腐」らしいです。
江戸時代の文献によると、高野山で製造される氷豆腐が「天下に流布す」と記されていますし、贈答品として利用されていたようです。
さらに山上には十数軒の氷豆腐屋があり、数十万個を製造していたことが記されています。
なかでも、当時、源兵衛という人が造る氷豆腐は絶品だったそうです。中には花びら形にして造ったものもあり、「花氷」などと呼んだようです。
とはいっても、高野山で高野豆腐を製造しているところは、見かけませんでした。不思議ですよね〜
で、その訳は、天候に左右される高野豆腐作りは、すでに商売として成り立たなくなり、人工冷凍での製造方法が開発されてからは、交通の不便な山上で高野豆腐造りをする意味も無くなっていたと考えられます。昭和28年には300年以上継承した高野山の天然高野豆腐の歴史に幕が下ろされたそうです。
一口メモ:作り方は、固(かた)めに作った豆腐をうすく切り、マイナス4℃以下の寒い夜にわらをしいた箱(はこ)にならべて外に出して凍らせると1〜2日でできます。また、冷凍庫(れいとうこ)でマイナス15℃で凍らせると数(すう)時間で凍ります。凍った豆腐はつるして陰干し(かげぼし)する。。
竜神温泉、高野龍神スカイライン
| 高野龍神スカイラインは、千余年の法灯を護る霊峰高野山を起点とし、紀州の屋根の護摩壇山を経て、日本3美人の湯とうたわれる龍神温泉にいたるまで、42.7kmの山岳道路です。 |
去年の10月より、無料になりました。(ラッキー!)
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| ごまさんスカイタワー:高さ33m |
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| 竜神温泉元湯:日本三美人の湯 (群馬県の川中温泉、 島根県の湯の川温泉) |
温泉寺 | 天誅倉 (勤皇の志士8人が幽閉された倉) |
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| 日高川 | |||
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| 泊まったところ | |||
温泉に入ったけど、美人になれたかな?
曼荼羅とは、仏教の世界観を図示したものであり、如来・菩薩・護法尊などの尊格が一定の幾何学的パターンに配置されています。語源はサンスクリット語で中心・心髄を意味する「マンダ」と所有を意味する「ラ」の合成語です。また輪円・壇も表す。
中期密教を代表する大日経に説かれる 胎蔵(
たいぞう)曼荼羅と、金剛頂経に説かれる金剛界曼荼羅の二つは、わが国に伝えられて両界曼荼羅となりました。
日本に曼荼羅画を伝えたのは真言宗の祖、空海であり、その後日本では大陸とは異なる独自の曼荼羅画が発展しました。
チベットの曼荼羅画(現在でも、五色の砂で曼荼羅を壇上に描いて様々な修法や儀礼が行われている)12世紀頃、ネパールの絵師が伝えた技術によりチベット仏教美術の開花期を迎え、その後多くの画風を発展させました。
一方、 ネパールではヒンズー教とのマージにより、チベットとは異なる画風が発展してきました。
密教:大日如来を本尊とする深遠秘密の教え。加持(かじ)・祈祷(きとう)を重んじる。七、八世紀ごろインドで起こり、唐代に中国に伝わり、日本には平安初期に空海・最澄によって伝えられ、貴族などに広く信仰された。空海の真言宗系を東密、最澄の天台宗系を台密とよぶ。密教とは「仏さまの秘密の教えを明らかにした教え」という意味ですが、この教えはお釈迦さま在世時代のインドにすでに存在し、それが7世紀ごろに段々と体系化され、8世紀には中国やチベットに伝わったといわれます。そしてこの教えが弘法大師により日本に伝えられ、真言宗となるのです。(秘密仏教)
卒塔婆とは、サンスクリット語のストゥーパの音写で、仏舎利を安置したり、供養・報恩をしたりするための建造物。インド・中国では土石や(せん)を積み、日本では木材を組み合わせてつくる。塔。塔婆。そとうば。
また、死者の供養のため、墓石の後ろに立てる細長い板。上方左右に五輪塔の形を表す五つの刻みを入れ、表裏に梵字・経文・戒名・没年月日などを記す。板塔婆。そとうば。
※卒塔婆に書く文字は宗派により異なります。
※ 浄土真宗では卒塔婆を使いません。
2004.11.7.